組織と個性

貴乃花が相撲部屋をたたみます。
日本相撲協会との軋轢が原因のようです。

小さい時から努力を積み重ね、問題や困難にも自分の努力のみで解決してきた大横綱でもあります。 一方で、自分の努力で地位を向上し、問題を解決して頂点に登り詰め貴乃花にとって、自分の意思や思想は誰の意見や助言よりも絶対であるとも思います。
弟子の暴行事件に関しても、「自分が正しい」と思えば絶対に引かず、正面から向かっていく、まさに横綱そのものなのでしょう。 ある意味頑固であり、プライドも高いと思います。

弟子が暴行を受けた時にうやむやに収束しようとした協会を非難し続けています。
モンゴル会という、モンゴルの力士が集まる会合に自分の弟子は参加させない。部屋を超えて馴れ合いやお互いに負け越している時にワザと勝敗を決めて星勘定の計算が成り立ってしまうかも知れないからです。 ガチンコで相撲を取っていた貴乃花にとっては、土俵に馴れ合いが存在する事は、とても許される行為では無かったのでしょう。
貴乃花の言っている事は力士として、私は間違ってはいないと思います。

しかし組織に所属している以上、組織の一員としての振舞いや行動も必要です。理事という立場なら尚更です。

自分の弟子が暴行を受けた事を糾弾している反面、貴乃花部屋内での弟子たちの暴行事件が表に出た時は説得力を失ってしまいました。 同時に、理事会の招集が掛かっても現れない。連絡を取りたくても無視をする。やっている事は子供です。理事という役職を担う組織の一員としては失格です。
貴乃花に説得力が無いのは、相手を非難するなら自分の行動にスキを与えてはいけない。 相手はそこを突いてきます。

勿論日本相撲協会も国からの税金で運営しているNPO組織としては落第です。
理事も含めて多くが元お相撲さんです。経営や組織運営のプロはいません。利権やプライド、個々の思惑で正常な組織運営が不可能になっています。 どっちもどっちでしょうか?


熊本市議会で赤ん坊を議会に連れてきて問題になった女性議員がいます。
生後7カ月の長男を連れて議場に入り、進行を遅らせ厳重注意を受けました。 私は本来議場には進行の妨げになる事は避けるべきだと思います。傍聴席でも本来赤ん坊を連れてくるのは良くないと思います。

男尊女卑とか女性蔑視だとかいう人もいるでしょう。女性だからダメなのではありません。男性議員でも自分の子供を議場に連れて来るべきではありません。
議会は国民や市民の生活や安全を真摯に議論する場所です。その進行が妨げられる事は反対です。 私の会社でも従業員が会議に赤ちゃんを連れて来たら会議の出席を拒みます。
事の本質を見失ってはいけません。本来の目的とは何なのか? 子供をあやしながら重要な決定が出来るのでしょうか? またその特異な環境で周りの人間たちも集中して冷静な判断を促せるのでしょうか?

その議員が今度はのど飴を舐めながら登壇しました。議会は当然止まりました
議会は謝罪を求めました。謝罪を拒んだので市議への懲罰動議を、本人を除く全員の賛成で可決し、議会から退席させられました。
「数日前から体調を崩しており、発言中にせきなどで迷惑を掛けないよう服用した。弁明の機会も与えられず、退席の懲罰は残念」と本人は言っています。
この議員は反抗期の中学生なのでしょうか・・・・?
幼稚すぎます。

私も会社で従業員がガムを噛んでいた事があります。突然の私の語り掛けにガムを噛んだまま応対されました。
「相手が上司でも部下でも、職場で人と話すときはガム位捨てろよ!」と言ったら、相手は黙ってしまいました。その後は会話も出来なくなりました。
恐縮した様子では無く、不貞腐れたようです。それ以上私はもう言いませんでしたが・・・・

組織に属するという事は、自分が正しいと思っている価値観を全て正当化する事は出来ません。
勿論、組織側がいつも正しい訳ではありません。 しかし自分の考えがある時ほど、自分が正しいと思うならば、相手からどう見られるのか?自分はどう振舞うべきか?考える必要があります。

私の亡き父は国家公務員でした。絶対服従の縦社会です。業務に矛盾がある時に上司に直接談判してもダメです。公務員の命令系統は軍隊と一緒です。上司命令は絶対です。
ノンキャリの父にはキャリア官僚の上から命令された矛盾した事を黙って行う。奴隷の様に・・・ と考えてはいませんでした。
自分の考えを上司に伝える術を持たないから命令されたままになる。
上司の命令に従わされるという考えではなく、どうすれば上司が自分の思う様に動いてくれるのか? そのことばかり考えていたようです。

文句を言わず指示された仕事をこなす。絶対的な信頼を勝ち取る。 最終的に上司からの絶対的な信頼があれば、仕事の流れをも自分の思う方向へ変える事が出来る。
父は出世していきました。上司に可愛がられたからです。 最終的には人の上に立ち、退官するまで自分の考え通りに仕事をしていきました。 私の父は組織の中で生きていく模範の様な人でした。

個性とは相手が認めて初めて個性なのです。
「権利だ個性だ」と言って自分の主義思想を一方的に主張し続ける事は、自分の価値観の押し付けであり、 それが相手を不愉快にさせるものであれば本来するべきでは無いと思っています。
どうしても個性と主張するのであれば、相手に認めさせる術を持たなくてはいけません。 それが出来ないのならば、自分を器用に見せられないのであれば、組織に属さない事です。

私の様に・・・・・・




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2018年10月01日付

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